前ページ  目次  次ページ

科学正論:人間は自然を破壊する(エントロピーを増大する)ために生まれてきた.

人間は何のために存在しているのか. これはかなり宗教がかったように思える問題であり, 「人間が何のために存在するか科学などではわからないから, 宗教が必要である.」という方がいたりする. しかしながら,答えは既に科学的に得られている. それは, 「人間は自然を破壊するために,もう少し科学的に言えば, エントロピーを増大するために生まれてきた」のである. このようなことを言うと, 「自然を破壊して何になる」という質問を受けそうである. この答えは,次の科学正論「自然は人間の敵なのか」で書くことにして, ここではまず,エントロピー増大の法則から説明することにする.

熱力学には, エントロピー増大の法則(熱力学の第2法則)という有名な法則がある. これは, ある閉じられた系のエントロピーが絶対に減少することはないというものである. 現実的には,エントロピーは非減少というより増大している. このエントロピーというものは,乱雑さの度合いを表わす物理的な尺度である. 従って,エントロピー増大の法則を日常のことで例えれば, 物事は勝手に乱雑になるが, 自然に整理整頓されることはないということを意味している. また,人間が乱雑なものを整頓すると, その整頓されたもののエントロピーは減少するが, 人間がその整頓のために化学エネルギーを最終的には熱エネルギーにするため, 系全体で考えるとエントロピーが増大してしまうのである.

化学反応は,内部エネルギーの高い状態から内部エネルギーの低い状態の方へ進み, その時に,熱エネルギーなどを放出すると説明することがある. 現実的に説明しようとすると, 閉じた系でなく,定圧や定温などの系で考えた方がわかりやすいので, 自由エネルギーを考えれば,間違いとは言えないが, 系すべてで考えれば,これは正確ではない. 系全体のエネルギーは不変だからである. しかしながら,このように説明することが多い理由は, 一般に,エネルギーが高い状態のもののエントロピーが, エネルギーが低い状態になったものと熱を併せたエントロピーよりも 小さいからである. 内部エネルギーだけでは決まらない化学反応の例としては, 吸熱反応というものが存在する. これは,内部エネルギーの低い状態から, 内部エネルギーの高い状態へ変化するものである. このような反応は,やはり反応後のエントロピーが高いために生じる. 即ち,反応前が固体で反応後が気体のような場合, 吸熱によって減少する分を併せても,エントロピーは後者の方が高くなる場合がある. これは,気体の方が個体よりも乱雑でエントロピーが大きいからである. このように, 反応の方向を支配するものは,最終的にはエントロピーと考えることができる.

しかしながら,自然界には局所的にエントロピーが低いものができることがある. たとえば,対流セル,渦,化学的に複雑な反応系などである. また,人間も複雑な構造を持ち, エントロピーが低いものが構成された例にあげられる. このようなものだけを見ると, 秩序がありエントロピーが減少しているように見える. もちろん,全体のエントロピーが増大していることは間違いない. 人間の例では,食料などのエネルギー源までを含めて考えれば, エントロピーは増大している. だが,なぜこのように秩序・構造を持ったエントロピーの低いものが生じるのか. それは,プリゴジンが散逸過程の研究で明らかにしている. 系が熱的非平衡状態,即ち,エントロピーが低い状態あった場合, 秩序・構造を持ったものは,それが存在することによって, より早くその非平衡状態を解消することができるとき, 即ち,エントロピーを増大させることができるときに生じる. このようなものは散逸過程と呼ばれる. 例えば,液体や気体に温度差があるときに対流が生じ, 温度差を解消する. 同様に,エントロピーの高い化学状態からエントロピーの低い化学状態へ 変わることができるとき,化学反応系が存在することになる. 単位時間あたりのエントロピーの増大量はエントロピー生成速度と呼ばれる. 散逸過程は,それが存在した方がエントロピー生成速度が大きくなるとき, 存在することになるのである. 実際,例えば,温度差があっても対流よりも熱伝導で伝わる熱の方が大きい場合, 対流はほとんど生じない.

さらに,プリゴジンは, このような熱的非平衡状態でいくつかの散逸過程が考えられるときは, このエントロピー生成速度がもっとも大きい散逸過程が主に生じることを 明らかにしている. 即ち,大雑把に言えば,対流セルの大きさは, 熱を最も速く伝える大きさになり, 化学反応系でも最も反応率が高いものが現れるのである.

人間は複雑すぎてよく分からなくなってしまっているが, やはりこの散逸過程の1つであると考えられる. エントロピーの低い状態からエントロピーの高い状態へ, 熱的非平衡状態を平衡状態へ, より速く変化させるため生じている 様々な物理的な作用を伴う化学反応系と考えられる. 他の生物が作ったエントロピーの低い状態のもの(食物)を エントロピーの高い状態のもの(熱とCO2等)に変えているのである.

前にも述べたように,いくつかの散逸過程が考えられるときは, その中で「エントロピー生成速度」が最も速いものが選ばれる. 人間の複雑な行動も, グローバルな意味(これについは次の科学正論説明する)で, エントロピーを速く増大するために, 行っているのである. もし,物理的,化学的,生物的のどれでもいいが,ある散逸過程が, 人間と同じエントロピーの低いもの(食物や天然資源)を消費し, さらに,それが人間よりも速く消費するとすれば, 人間は絶滅するか,細々としか生存できないと考えられる. 例えば,温度が今より数百度高い状況では,人間が有機物を分解するよりも, 酸化によって分解する方がはるかに速く, 人間自体がその温度に耐えたとしても,存在できなくなってしまうのである. 同様に,強力が微生物が生まれて,有機物を速く分解したり, 強力な昆虫が食物を食べたりしても同様である.

従って,人間は, 人間が消費しているエントロピーの低いものに関して, 最速でエントロピーを増大させている散逸過程であり, 最速の自然破壊者と言えるのである. 言い替えれば, 自然が自然破壊を最速にするように散逸過程どうしを競争させてきた結果, 人間が生じたのである. そのような意味で,「人間は自然を破壊するために生まれてきた」のである.


Yukihiko Yamashita (yamasita@ide.titech.ac.jp)